カーネギー『自伝』全訳(29)ドイツ皇帝に会う
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの『自伝』の全訳、第29回(最終章)です。キールでのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世との出会いと会話、皇帝に世界平和の実現を託した期待、そして1914年の大戦勃発を受けて書きかけのまま途切れた原稿の結びまでを訳しています。
著作権の保護期間が終わった、事業と仕事についての古典を連載形式で全訳しています。
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鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの『自伝』の全訳、第29回(最終章)です。キールでのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世との出会いと会話、皇帝に世界平和の実現を託した期待、そして1914年の大戦勃発を受けて書きかけのまま途切れた原稿の結びまでを訳しています。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの『自伝』全訳、第3回(第3章)です。13歳で紡績工場の糸巻き係として週1ドル20セントで働き始め、ボイラー番や帳簿づけを経て、1850年にピッツバーグの電信局の配達係として人生の本当のスタートを切るまでと、当時のピッツバーグの町、仲間の少年たちとの日々を描きます。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの『自伝』全訳、第4回(第4章)です。働く少年たちに蔵書を開放したアンダーソン大佐の図書館との出会い、のちの図書館寄贈につながる思い、劇場で知ったシェイクスピア、スウェーデンボリ派の教会と音楽、安息日のスケートをめぐる両親の寛容さを描きます。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの『自伝』全訳、第5回(第5章)です。配達係から窓口の留守番を任され、昇給、耳で電信を受ける技術の習得、グリーンズバーグでの代理勤務を経て16歳で電信技手に昇進し、ディベート・クラブでの経験を積み、ペンシルベニア鉄道のトマス・A・スコットに引き抜かれるまでを描きます。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの自伝『Autobiography of Andrew Carnegie』の全訳、第6章です。ペンシルベニア鉄道に移った18歳のカーネギーが、上司スコットの名で独断で列車を動かして認められた出来事、給与袋の紛失騒ぎ、家を担保にして手にした初めての投資と配当までを語ります。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの自伝『Autobiography of Andrew Carnegie』の全訳、第7章です。スコットに従ってアルトゥーナへ移り、ストライキへの対応や寝台車事業への初の出資を経て、24歳でピッツバーグ管区長に抜擢されるまでと、ホームウッドでの新しい交友を語ります。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの自伝『Autobiography of Andrew Carnegie』の全訳、第8回です。南北戦争の勃発で軍用鉄道と電信の組織づくりを任された日々、リンカーンやグラントの素顔、過労で倒れたのちに母と訪れた故郷スコットランドでの再会までを訳しています。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの自伝『Autobiography of Andrew Carnegie』の全訳、第9回です。鉄橋の会社キーストン・ブリッジを立ち上げた経緯、名物パートナーのパイパー大佐、品質こそ成功の秘訣という信念、ダビュークでの受注やボルティモア・アンド・オハイオ鉄道との交渉までを訳しています。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの論集『The Empire of Business』の全訳、第1回です。1885年に商業学校の学生へ語った講演で、酒・投機・保証人という三つの危険、上司の注意を引く働き方、貯蓄の習慣、そして「すべての卵を一つのかごに入れ、そのかごを見張れ」という集中の教えを説いています。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの論集『The Empire of Business』の全訳、第10回です。19世紀のアメリカで鉄鋼業がどう育ったか、ベッセマー法から平炉法への移り変わり、規模と自動化による劇的なコスト低下、生産の中心地と水運の将来、そしてアメリカが世界一の鉄鋼国になった理由を語る論考を訳しています。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの論集『The Empire of Business』の全訳、第11回です。「アメリカは生活費が高い」というイギリスで広まった思い込みを、食費・家賃・衣服・燃料の統計や身近な実例、関税の実態から検証し、アメリカの労働者はなぜイギリス人には手の届かない贅沢を楽しめるのかを論じた一篇を訳しています。
鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの論集『The Empire of Business』の全訳、第12回です。ペンシルベニア州西部で見つかった石油と天然ガスの歴史、井戸の掘り方と産地の広がり、わずかな元手から生まれた富、製鉄所やガラス工場での燃料としての威力、そして将来の可能性を、1885年の現地視察をもとに語った論考を訳しています。