フォード『わが人生と仕事』全訳(20)第19章:これから期待できること
ヘンリー・フォード『My Life and Work』(1922年)の全訳、第20回(最終回)です。最終章の第19章では、物の所有を崇める段階からの脱却、事業は利益でなく奉仕のためにあるという信条の再確認、破壊的な競争の否定、トウモロコシの新しい用途、単調な労働の追放、若者にとっての機会、自然を使いこなす未来への期待を語ります。
著作権の保護期間が終わった、事業と仕事についての古典を連載形式で全訳しています。
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ヘンリー・フォード『My Life and Work』(1922年)の全訳、第20回(最終回)です。最終章の第19章では、物の所有を崇める段階からの脱却、事業は利益でなく奉仕のためにあるという信条の再確認、破壊的な競争の否定、トウモロコシの新しい用途、単調な労働の追放、若者にとっての機会、自然を使いこなす未来への期待を語ります。
ヘンリー・フォード『My Life and Work』(1922年)の全訳、第3回です。エジソン社を辞めて自動車の道を選び、最初の会社で「金もうけ優先」の経営に失望した経験から、金融より仕事、利益より奉仕を先に置くべきだという事業観にたどり着くまでを語る第2章を訳しています。
ヘンリー・フォード『My Life and Work』(1922年)の全訳、第4回です。レースカー「999」の勝利を経てフォード・モーター・カンパニーを設立し、95パーセントの人々に向けた低価格車の構想、軽量化へのこだわり、販売店の条件、そしてセルデン特許訴訟との闘いまでを語る第3章を訳しています。
ヘンリー・フォード『My Life and Work』(1922年)の全訳、第5回です。第4章では、現状維持を望む株主の反対を押し切り、バナジウム鋼との出会いを経て「T型」一車種に絞り込んだ経緯、「色は黒ならどれでも」という宣言、ハイランドパーク工場の建設、そしてイギリス市場への進出までを語ります。
ヘンリー・フォード『My Life and Work』(1922年)の全訳、第6回です。第5章では、作業を人のところへ運ぶという発想から生まれた移動式組立ラインの導入、作業の細分化による劇的な時間短縮、「専門家」や失敗の記録を嫌う理由、鋳造やラジエーターなど現場の改善例を具体的な数字とともに語ります。
ヘンリー・フォード『My Life and Work』の全訳、第7回です。第6章「機械と人」では、組織図や肩書きが責任をあいまいにすると断じ、肩書きも会議もないフォード工場の運営、経歴を問わない採用、生産高による部門評価、現場の工員から寄せられた改善提案の数々を語ります。
ヘンリー・フォード『My Life and Work』の全訳、第8回です。第7章「機械への恐れ」では、単調な反復作業は人を損なうのかという問いに答え、体に障害のある人も同じ賃金で働ける仕事の分析、工場の厳格な規律と採用のしくみ、清潔・換気・安全対策への取り組みを語ります。
ヘンリー・フォード『My Life and Work』(1922年)の全訳、第9回です。雇い主と働き手は「パートナー」であり賃金はその分配だという考え方、生活費で賃金を決める発想の誤り、時間研究による賃率の標準化、そして世界を驚かせた1914年の「日給5ドル」の仕組みと、その条件や成果までを語る第8章を訳しています。