フォード『前進』全訳(4)賃金の位置づけ

この記事は、フォード・モーターの創業者ヘンリー・フォード(1863〜1947年)が、サミュエル・クラウザーの協力を得て1930年に出版した『Moving Forward』を、新規事業ポータルが独自に日本語へ訳したものです。原文は著作権の保護期間が終わっており、Project Gutenberg Australia で公開されているイギリス版(1931年)をもとにしています。100年近く前に書かれた内容なので、当時の価値観や表現もそのまま含まれています。訳文では、原文の趣旨を変えないことを優先しました。なお、底本のテキストでは本章の2段落ほどが重複して収録されているため、重複部分は1回だけ訳しています。

連載の構成(全21回)

  1. 富に至る道
  2. 生産過剰への恐れ
  3. 労働に奉仕するのか、労働を省くのか
  4. 賃金の位置づけ(この記事)
  5. 失業か、余暇か
  6. 余暇の価値
  7. 年齢の問題
  8. 貧困をなくすために
  9. 新しい職人技
  10. 経営と規模
  11. ひとつの産業を切り替える
  12. 柔軟な大量生産
  13. 変わりゆく光景
  14. 100万分の1インチ
  15. 190隻の船の話
  16. 方法を海外へ持ち出す
  17. 海外での仕事
  18. 指導者を育てる教育
  19. 禁酒か、貧困か
  20. 前進
  21. お金の限界

第4章 賃金の位置づけ

雇う側と雇われる側は、どちらも社会の一部

賃金を払うこと、受け取ることには、単にある金額を受け渡しする以上の意味がたくさん含まれています。賃金の支払いも、賃金をもらって雇われることも、これまで伝統によってすっかり曇らされてきました。一方には「主人と使用人」という伝統があり、主人は親切で思いやりがあるべきもの、使用人は主人に頼り、感謝すべきものとされています。もう一方には「大家族」という考え方があり、そこでは平等、調和、経営の民主化といったものが大きな位置を占めています。

私の考えでは、賃金も、雇い主と従業員の関係も、それだけで完結した小さな世界ではありません。どちらも、より大きな社会の一部であり、その社会に支えられています。社会のためにどれだけの仕事がなされ、その仕事に社会がどれだけのお金を採算の合う形で払えるか。これが労使関係を決めます。そしてその額は、産業が提供できるサービスの質と規模によって決まります。よくしようという意志さえあれば、この関係はいつでもよくしていけます。

ただし、雇い主と従業員の関係に、何か卑屈な上下関係が含まれているという考えからは、きっぱり離れなければなりません。雇い主も従業員も、同じ物差しで評価されるべきです。つまり、能率がよいか、悪いかです。仕事にふさわしくない雇い主は、ほかの能率の悪い働き手と同じ法則に従うことになります。雇い主という立場が彼を救ってくれるわけではありません。雇い主には責任はあっても、神から授かった特権などありません。仕事のできる雇い主であれば、よい製品をつくるのと同じように、よい賃金を払うでしょう。そして彼の指揮のもとで働く人たちも、よい賃金を稼げるようになります。これは能率の問題であって、慈善の問題ではありません。この関係について、どちらかが誇りや満足、あるいは感謝を感じる余地があるとすれば、それは「この世界では、正しい努力には正しい結果が返ってくる」という感覚だけです。

雇い主と従業員の関係は、情緒的なものではまったくありません。人為的に良好な感情を育てようとすると、本当の目的が見えにくくなるだけです。巧みに仕組まれた「よい雰囲気づくり」は、たいてい、どこかに根深い不満の原因があって、それを覆い隠すことを目的としています。よい感情は状況そのものから生まれるものであって、そうでなければ生まれません。お金を払うこと、受け取ることは、お金を払うこと、受け取ること以上のものではありません。稼がれていないお金は払えませんし、仮に払えたとしても払うべきではありません。稼がれたお金であれば、正当に受け取るべきものを受け取った従業員が感謝する理由はありませんし、それを払った雇い主が得意げに誇る理由もありません。雇い主と従業員の関係をこう捉えると、世間で受け入れられている伝統とは逆向きの結論がたくさん出てきます。

それなのに、雇い主の義務や従業員の権利は、まるでその関係だけが世の中で唯一重要な関係であるかのように、つまりこの二者が社会の一部ではなく社会全体であるかのように論じられています。奇妙なことに、産業の秩序をもっとも激しく非難する人たちこそ、雇い主と従業員の関係を人間どうしのもっとも深く、もっとも包括的な関係に仕立てることで、その秩序を社会の核心にしっかり根づかせようとしているのです。そんなことはできません。私たちはみな、もっと大きな秩序の一部です。

工場は奉仕するあいだだけ存在できる

具体的な例に照らして考えてみましょう。私たちは、工場は永続するものではなく、世の中に奉仕しているあいだだけ存在できるものだと考えています。奉仕しなくなったその瞬間に、よい経営であれば工場を廃棄するでしょうし、そうでなければ容赦のない社会の不評が廃棄させるでしょう。奉仕を妨げているものが根本的な問題でなければ、工場全体を廃棄する必要はなく、つくり直すだけで済むかもしれません。私たち自身、工場の中のものも工場そのものも永続するものとは考えず、すべては絶えず変わっていくものと見なしていますが、それでも製品とその製造方法を根本から変えなければならない時点に達しました。そこで私たちは、当時世界最大の自動車工場と言われていた工場を廃棄しました。使える機械や、手を加えれば使える機械は残して運び出し、その一部を、同時につくり直していた別の工場に据えつけ、残りの機械は国内と世界各地の工場に分けて送りました。トラクター工場はまるごとアイルランドへ送りました。

これは賃金とは何の関係もないように見えるかもしれません。しかし実は、賃金と大いに関係があります。こうした変更によって、私たちはより上手に大衆に奉仕できるようになり、その結果、より高い賃金を払えるようになったからです。変更が進むあいだ、解体される部門で働いていた人たちの中には、一時的に仕事を失った人もいれば、それまで慣れていた仕事とはまったく違う仕事に移らなければならなかった人もいましたし、新しい体制がもたらした一連の新しい仕事にうまくなじめなかった人もいました。もし私たちが、雇い主の第一の義務は大衆に対してではなく雇っている人に対してある、という理論家の考え方に従って行動していたら、こうした変更はしなかったでしょう。その結果、今日、かつてないほど多くの仕事とかつてないほど高い賃金があるのではなく、仕事は減っていたはずです。事業そのものが小さくなっていたからです。賃金も上がるどころか下がっていき、誰もが前より悪くなり、よくなった人は一人もいなかったでしょう。

会社が「働いてくれる人たちに生活を保障する義務がある」という理論で運営されれば、いずれその会社は消えていき、自分が負っていると考えていた借りを返せなくなります。「株主にはいつも配当を払わなければならない」という理論で行動しても、まったく同じ結果になります。何よりもまず大衆に奉仕するのでなければ、誰一人として報われることはありません。

この原則は十分に理解されているとは言えず、実際に当てはめるのが難しいこともよくあります。当てはめ方によっては冷酷に見えるからです。人間に無関心であるかのように見えます。しかし本当は、この原則の動機は人間の幸福にあります。よく考えない人には、その過程で一時的に職を失う人たちの苦境のほうが、最終的にすべての人への奉仕が増えることよりも、はるかに重要に見えます。全体像を見て、個人であれ集団であれ、その運命は、より大きな奉仕の一部に組み込まれたときにこそ、もっともよく報われるのだと理解するのは難しいものです。自分たちの利益を近視眼的に捉える個人や集団は、わざと進歩を遅らせようとしているわけではなく、その点ではまったく責められるところがないかもしれません。それでも、公共の利益より私的な利益を優先すれば、結果として進歩を遅らせることになるのです。

雇い主も働き手も、同じ原則に従う

働く権利は神聖な権利です。しかし、仕事だからというだけで仕事を守ろうとするのは、一人の人間に対しては親切に見えるかもしれませんが、その代償を払うのは、表には出てこないけれども彼と同じくらい立派で誠実な、ほかの大勢の人たちです。とはいえ、こうした考え方は冷たく聞こえます。それは進歩そのものに冷たさがあるからではなく、私たちが実に多くの誤った考えを背景にして進歩を眺めているからにすぎません。賃金で暮らす人たちにこの考え方を当てはめると冷たく聞こえるのは、「主人と使用人」という伝統的な考え方、つまり働き手は何となく雇い主に頼って生きる身分の低い者だ、という考え方があるからにすぎません。実際、立派な人たちの多くが、それ以外の関係を思い描けずにいます。そして、事業を率いるべき人たちが率いることに失敗し、その結果として仕事が減る時期になると、「人々に仕事を与えよ」という叫びが上がります。雇い主たちが「私たちに注文を与えよ」というプラカードを掲げて行進したら、誰もがそのばかばかしさに気づくでしょう。雇い主の実際の立場と従業員の実際の立場には、本質的な違いはありません。そこが肝心な点です。雇い主がひいきによって注文を得ていて、ある顧客に長いあいだ納めてきたのだから、それだけで注文が続く理由になると思っているとすれば、それは、ある仕事に就いてきたという事実によって、雇い主にはいつまでも自分に仕事を与え続ける義務が生じると考える従業員と、同じ誤った原則に従って行動していることになります。両者に同じように当てはまらない規則は、よい規則とは言えません。雇い主であれ従業員であれ、長く奉仕してきたことは、奉仕を続ける理由になるべきです。積んできた経験によって、ほかの誰にもできないほどよい奉仕ができるはずだからです。働き手は、長く勤めたことを生かして、自分と同じ経験を持たないどんな人よりも価値のある存在になっているべきです。雇い主についても同じことが言えます。しかし、会社であれ、働き手であれ、誰であれ何であれ、それを試す基準は、提供した奉仕の中にしかありません。結局のところ、私たちが一人残らず、その時々の立場がどうであれ、「世の中や誰かが自分の生活の面倒を見る義務がある」という考えを捨てれば、そのほうがよい結果になることがわかるだろうと私は思います。人であれ会社であれ、依存に近づくことは無力に近づくことであり、実力によって生計を立てるのではなく、恩恵によって生計を求めることにつながります。利益だけを求めて出ていく会社は遠くまで行けませんし、仕事ではなく賃金だけを求めて出ていく人も同じです。

賃金にも利益にも「自然な水準」はない

利益に自然な水準がないのと同じように、賃金にも自然な水準というものはありません。「賃金の自然な水準」という考え方は、どんな細かなことまでも伝統によって神聖視されているような社会の状態から生まれたものです。ある産業の創意工夫が止まってしまえば――そして産業が金融の観点だけで支配されるようになると、必ずそうなるのですが――賃金には一定の水準が生まれ、しばらくは利益にも一定の水準が生まれるでしょう。しかしその水準は一時的なものにすぎず、着実に下がっていきます。水準に落ち着いてしまった産業は、決して水準に落ち着くことのない大衆と、やがて調子が合わなくなり、奉仕しなくなります。そうなると、利益も賃金も減りはじめ、最後には消えてしまいます。

何度強調しても足りないのですが、欠くことのできない事業というものがないのと同じように、欠くことのできない産業というものもありません。ある産業が私たちに奉仕しなければ、私たちは知らず知らずのうちにほかのものに目を向けるようになり、最初は欠かせないものの代用品として受け入れたものが、結局は元のものよりよいものだとわかります。ガソリンとゴムは、今のところ自動車産業に欠かせないものです。しかし、もしどちらかがかなりの期間にわたって品質がひどく落ちたり、価格がひどく上がったりすれば、自動車産業は代わりのものを見つけるでしょう。そしてその代用品はすぐに改良され、その後はガソリンやゴムがどれほど品質がよく、どれほど適正な価格になっても、二度と入り込めないほどになるでしょう。その代用品が何になるのかは私にもわかりませんし、おそらくそれを見つける必要は永遠にないでしょう。ただ、どうしても必要になれば、私たちはそれを手に入れる、ということだけはわかっています。

賃金と利益の自然で安定した水準について語るのは、事業が病んでいるしるしです。賃金を恣意的に引き上げようと語ることも、同じく事業が病んでいるしるしです。それは価格を恣意的に引き上げるのと変わりません。高すぎる賃金は、高すぎる価格と同じくらい破壊的です。高いと感じられるものは、釣り合いが取れていないのです。正しい価格が高いと感じられないのと同じように、正しい賃金が高いと感じられることはありません。正しい賃金と正しい価格は、誰にとっても満足のいくものです。最良の賃金は、製造コストの面から見れば高くはありません。繁栄をもたらす賃金とは、経営陣の創意工夫と技術力から、働く人たちの適応力と協力と結びついて生まれてくる賃金です。もし経営陣の賃金に対する理解が「働く人に低い賃金を受け入れさせること」を超えず、働く人たちの賃金に対する理解が「経営陣に高い賃金を払わせること」を超えなければ、話は行き詰まります。そうなると、いくら払おうと大した違いはありません。その産業も、そこにあるすべての仕事も、まもなく終わりを迎えるからです。

繁栄は育てるもの

こうしたすべての点で、私たちの国は全体として、状況をよりよく理解する方向へ大きく進んでいます。今日の産業が、昨日の産業よりも多くの快適さと余暇を世界に生み出していないなどと言える人はいません。朝、水差しに張った氷を割るほうが、蛇口からお湯を出すよりもいいという人は、そうしてもかまいません。産業の仕組みがその人を罰することはありません。とても自由な仕組みなのです。

世の中全体の繁栄については、いつも意見が分かれます。いつの時代にも、この繁栄は長続きしないと言う人がいます。この国の繁栄は、ほとんどの人が「後退している」と判断していたときでさえ、いつも前進してきました。繁栄は偶然の産物ではなく、育てるものです。とはいえ、誰もが自分の境遇に満足してしまうのは非常に困ったことです。そうなれば、私たちはたいへんな危険にさらされるからです。

それでも、私たちが前進してきたのは確かです。それは今どきの批判の中身そのものが証明しています。かつて人々は食べ物だけを求めていました。それが今では、批評家たちは、人々の精神が成長していないから私たちの繁栄は有害だ、と言っています。この国がこれほど十分に食べられるようになり、国民の精神の状態を問題にできるようになったのは、これが初めてです。また、あちこちの貧困が、私たちの仕組みの弱さを示す例として持ち出されるようになったことも心強いことです。かつては貧しい人がいるのは当たり前とされていましたし、例として持ち出すにはあまりにも数が多すぎました。当時、貧困は自然な状態と考えられていました。今では不自然なものと考えられています。そしてまもなく、私たちは貧困を病気として扱うようになるでしょう。貧困に対する社会的な免疫をつくり出すでしょう。それが進歩です。

低賃金政策は貧困を減らさない

国の政策として低い賃金を払い、貧困への備えは税金でまかなう公共サービスで行う、というやり方では、この望ましい目標は達成できません。そうした計画は、実際には決して貧困を減らしません。貧困を自然な状態として受け入れたうえで、極貧に陥らないように備えるだけです。しかも長い目で見れば、この計画は産業国家においては極貧への備えにすらなりません。低い賃金では、生活水準が最低限の暮らしの水準にとどまるため、国内市場はまったく広がりません。低賃金の害はそれだけではありません。商品が高くなってしまうのです。雇い主が好きなだけ多くの人を低い賃金で雇えるなら、機械や新しい設計への支出を抑えようとするでしょう。賃金が低い状態では、そうした投資は割に合わないように見えるからです。こうして彼は、時代遅れの商品を高い値段でつくることになります。そうした商品の国内市場は限られています。海外市場を手に入れることはできるかもしれませんが、それも価格のせいで限られ、結局は賃金の源泉も税の源泉も枯れてしまいます。

効果のある賃金政策はただ一つ、より高い賃金、より低いコスト、より低い価格に向かって突き進む政策です。そして、そのすべての点で、私たちにはまだまだ先があります。この国ではあらゆるものが高すぎるからです。ただし賃金は別です。賃金は低すぎます。古い商売の仕組みでは、利益以外のものはすべて必要悪と見なされていました。販売価格は、ほとんどいつも、ものを実際の価値より高く誰かに売りつけたいという期待のもとで決められていました。昔の商売人は、自分の「お得意」と呼ぶかなり狭い範囲に売ることを目指していて、国全体に売れるかもしれないなどとは思いもしませんでした。ですから彼が、ごく少数の人たちを相手に自分の製品を考え、その人たちと駆け引きをしたのは、ごく自然なことでした。彼に材料を売る人たちもまったく同じ見方をしていて、価格について彼と駆け引きをしました。助手や職人を雇うときにも、彼は同じやり方をしました。客が彼の商品を必要としていれば、その客に高い値段をふっかけましたが、逆に製造業者のほうがお金を必要としていれば、客のほうが主導権を握りました。仕事の数より働き手のほうが多ければ賃金は低く、働き手より仕事の数のほうが多ければ賃金は高くなりました。昔の雇い主たちは――そして今日のヨーロッパはそういう状態にあるのですが――高い賃金が生産コストの上乗せ以上の何かであるとは、思いもしなかったのです。

賃金は分かち合いである

賃金は生産コストの一つです。しかし、ただ低い賃金を払えば低い生産コストが実現する、ということにはなりません。低いコストへの道は、動力と機械を賢く用意し、事業のさまざまな要素のバランスを保つことにあります。知恵を働かせて仕事をするよう求めるのであれば、雇い主はその知恵に対してお金を払わなければなりません。そうしないで求める権利は、どの雇い主にもありません。よい仕事ぶりにはお金を払わなければなりませんし、よい仕事ぶりは、ほとんどどんな値段を払っても安いものです。手の込んだ製造設備を建てておきながら、それを低賃金の人たちで動かせると期待するのは、時間とお金の無駄でしかありません。

賃金に情緒的なものは何もありません。安いからという理由で人を雇えば、安いからという理由だけで材料を買うのと同じくらい早く、事業はだめになります。分かち合うことを本能的なものにするだけでなく、避けられないものにもしている、自然法則のようなものがあります。たとえば、私たちの事業にしても、ほかのどんな近代的な事業にしても、奴隷で運営することはできないでしょう。その奴隷がどれほど腕がよく賢くてもです。そしてこれは、賃金の支払いが消費に与える影響とは関係のない話です。人の関心、つまりその人の頭を使ってもらわないかぎり、手だけを使っても役に立たないからです。賃金は、何らかの意味で分かち合いを表すものでなければなりません。

どんな人も、自分のしたことの恩恵を自分だけに限ることはできません。社会はそういうふうにできていて、どんなよいものが生み出されても、それはもとの範囲からあふれ出て、周りの人たちに恩恵をもたらします。利己的な意図のこの上ない愚かさは、それを貫き通せないところにあります。意図はあるかもしれませんし、利己心はかぎりないかもしれませんが、自然法則が意図した結果を阻むのです。外科医は名声と富のためだけに医療をしているのかもしれませんが、その名声と富そのものが、人に恩恵を与えることにかかっています。パン屋はこの上なく利己的に、自分の技術がもたらすお金のことだけを考えてパンを焼いているのかもしれませんが、それでも彼のパンはほかの人たちの腹を満たします。好むと好まざるとにかかわらず、人は自分だけのための恩恵を生み出すことは決してできません。大勢の人の富を得る手段を増やさずに蓄えられた財産など、一つもありません。実際、大きな財産は、その所有が分割されていた場合よりも、いつも多くの人を支えてきました。まとまった経営には、一種の魔法があるからです。

絶対的な意味での私的所有は、ほんのわずかな範囲にしか及びません。人が完全に私的に所有できるものといえば、ほぼ自分の経験だけです。財産の私的所有についての私たちの理論、つまり誰もが自分の稼いだものを完全に安心して持っていられる権利は、この経験の私的な性質に基づいています。人に属するものは、その人自身のものであるべきです。

実のところ、私たちは、分かち合われるまでは何も価値を持たない世界に生きています。価値は、それを持つ人の数に比例して高まります。創造する力は、分かち合いたいという欲求と一緒でなければ存在しません。価値あるものを隠しておこうとすること自体が、それが本当に価値あるものなのかを疑わせます。私たちにとって繁栄とは、隣の通りの家族も、国の反対側の家族も、世界の反対側の家族も、幸せで満ち足りていることです。自分たちだけでは、繁栄が完全だとは決して感じられません。最後の一家族までそれを手にするまでは、繁栄が本当に来たとは感じられないでしょう。それが、分かち合おうとする人間の本能です。

賃金は生計費ではなく、生産の価値で決まる

私たちは、生計費に基づいて賃金を決めることは、一種の奴隷制を実施する方法にすぎないと考えています。これはまったく筋の通らない方法です。測るための基準を、測られるものに依存させてしまうからです。つまり、生活水準はそもそも賃金によって決まるのに、今度はその生活水準を払う賃金の物差しにするというのは、また一つたちの悪い悪循環を発明するにすぎません。私たちは賃金の水準を決めるとき、生計費のことはまったく考えていません。従業員の生計費についてのデータは持っていませんし、ほしいとも思いません。ただ、生活水準が高く、ますます高くなっていくことを願うだけです。私たちが払う賃金は、生計費ではなく生産の価値に基づいています。賃金にはそれ以外の基準はありません。「生計費」という言葉は、生活水準との関係で理解されないかぎり、何の意味もありません。水準が高ければ、費用も高くなります。しかし、水準や費用が上がる前に、まず賃金が上がらなければなりません。生活水準は賃金によって決まるのです。

賃金の問題は、結局のところ、働く人に求められる技能の量によって決まっていくでしょう。これが、機械を通じた働く人の生産性の物差しになります。工場で求められる技能は絶えず高まっていて、今日では工場で働く人のほうが、事務所で働く人よりもたいてい恵まれています。機械で働く人には、事務所で決まりきった仕事をする人よりも高い技能が必要ですし、工具をつくる職人ともなれば、非常に高い技能を持っていなければなりません。こうして、ホワイトカラーの優位は徐々に、しかし確実に崩れつつあり、まもなく、もっとも優秀な若者たちが事務所よりも工場を目指すようになるでしょう。工場では頭脳がとても必要になっているため、そうした頭脳に非常に高い給料を払うのは賢い商売だと考えられています。そして、机で働く人と機械で働く人とのあいだにある人為的な社会的な区別は、なくなっていくでしょう。

事業の世界は、まだはいはいの段階を抜け出していません。事業が歩くことを覚えたとき、私たちは賃金についてもっと多くのことを学びはじめ、おそらく今日、賃金(wages)と給与(salaries)を分けている線をなくすことになるでしょう。今日の大企業はどこも、50年前なら考えられなかったような給与を払っています。当時の経営者は、従業員をみな単なる雇い人と見なし、仕事があるだけでもありがたく思うべきだと考えていたのです。組織がよくなれば、賃金も同じ方向に進むと信じる理由は十分にあります。ただし、それはあくまで、賃金で暮らす人は自分を賃金労働者と考え、仕事を得られるかどうかを完全に誰かの意志に頼るべきだという外国の考え方が、私たちのあいだに植えつけられないかぎりの話です。

20年間で時給を4倍に

ここで述べてきたことはすべて、私たち自身の賃金の経験から得たものです。1910年、私たちが払った平均時給は25セントでした。1911年には2セント下がりましたが、1913年には26セントになりました。1914年1月12日、私たちは日給5ドルの最低賃金を実施しました。これによって、その年の平均時給は60セントをわずかに下回る水準まで上がりました。1915年と1916年には平均時給が数セント下がりましたが、1918年には67セントまで上がりました。1919年1月1日、私たちは最低日給を6ドルに引き上げました。これで、その年の時給は77セントになりました。1920年のインフレ期には86セント近くに達し、1921年には、当時支払っていたボーナスを加えると87セントになりました。1922年の時給は80セントをわずかに下回りましたが、購買力が高くなっていたので、実際には前の2年よりはるかに多くの賃金でした。1923年の平均は時給82セントを超え、翌年は1セント増え、1925年には1セント減りました。1926年の平均は85セントを超え、1920年のインフレした通貨で払っていた賃金と、1セントに満たない差にまで並びました。1927年にはこれが10セント増えて95セントになり、1928年には5セント下がりました。1929年の平均は92セントをわずかに下回り、そして1929年12月1日、私たちは最低賃金を日給7ドルに引き上げました。これによって、1930年1月と2月の平均時給は1ドルをわずかに超えました。

つまり、20年のあいだに私たちの平均時給は4倍になったのです。今の私たちの平均時給は、1910年の未熟練労働者の日給とほぼ同じです。当時は10時間働いて1ドルが妥当な賃金と考えられていたからです。この間、私たちの製造コストは着実に下がり、今日では、高度に特殊化した材料から精密に機械加工された上質な部品を一つつくるのにかかる費用は、1910年に比較的粗い材料から比較的粗い部品をつくっていたときの半分にも満たなくなっています。これは事実ですから、高い賃金を払えるかどうかを推測する必要はありません。

20年間で賃金を4倍にできたのなら、これからの20年間ではそれ以上にできるはずです。1910年には、産業はかなり完成された状態に達したと一般に受け止められていて、ふんぞり返ってこの上なく満足げにそれを眺めたがる人たちもいました。1930年の産業もかなり完成された状態に達したと考え、同じように満足げに眺めたがる人たちがいます。こうした賃金が可能になったのは、働く人に無理をさせたからではありません。働く人は、今日では20年前よりもきつい仕事は少なくなっています。そうではなく、新しい工程や機械や材料によって可能になったのです。この20年間に蓄えた知識があれば、アメリカの産業は次の20年間、はるかに速く進歩できるはずです。ですから、将来の賃金はいっそう速いペースで上がっていくと期待できます。ただしそれは、産業の指導者たちが本当に指導すればの話です。もし賃金が上がり続けなければ、その責任は人間にあります。知性が足りないせいなのです。

待っていても、賃上げの好機は来ない

大幅に賃金を上げながら、同時に価格を下げるのは、決して簡単なことではありません。そうした手を打つことに反対する理由は、賛成する理由よりも、いつも多いものです。私たちの賃上げはすべて自発的なものでした。つまり、私たちの従業員が全体の賃上げを求めたことは一度もありません。日給7ドルの最低賃金を導入したとき、私たちには年間およそ2,000万ドルの賃金支払いが上乗せされました。新しい最低賃金より多く受け取っていた人にも少なく受け取っていた人にも、すべての働き手に昇給を行ったからです。しかし3か月もしないうちに、働く人たちの関心の高まり、機械と方法の改良、そして低価格による販売量の増加によって、コストは賃上げを実施する前よりも低くなりました。

コストが十分に下がって、販売価格に対して利益の幅が大きく取れるようになるまで賃上げを待とうとするなら、いつまでも待ち続けることになるでしょう。私たちはこれまで、上乗せした支払い分を取り戻せることがはっきりわかっている時期に賃金を上げたことは一度もありません。私たちの方針では、もっとお金がほしいと求めたからといって昇給することは決してありません。私たちは、6か月ごとに一人ひとりの給料が自動的に上がる仕組みを取り入れました。すべての人が、上がった賃金に見合うほど腕を上げるわけでは決してありません。自分の給料分を稼げていない段階に達した人は、解雇して、より低い賃金で雇い直すこともあります。そうすると、その人の昇給がまたはじまります。2度目の解雇が必要になることはめったにありません。彼は教訓を学び、給料に見合う働きをするようになるからです。ほかの人たちは、受け取る昇給に見合う価値があり、着実に昇給を重ねていきます。私たちには、賃金がそれより下がることのない最低額があります。しかし上限はなく、賃金を引き下げることもしません。働く人たちが、私たちが払える最高の賃金を稼げるときに、私たちはいつももっともうまくいきます。すべての人がそうしようとしない、あるいはそうできないのは残念なことです。

高い賃金を払えない仕事は、やり方が間違っている

すべての仕事が高い賃金に向いているわけではない、という反論があるでしょう。それは昔からある話です。製造業では、最初の機械は、それまで手作業でしていたのとほとんど同じやり方で仕事をするように設計されていました。私たちが最初の自動車をつくったとき、私たちはそれを「馬のいない馬車」と考え、馬車とよく似た車体を使いました。自動車は馬のいない馬車ではないと学ぶのに、長い時間がかかりました。塗料を塗るのに刷毛は必要なく、吹きつけたほうがはるかによいと学ぶのにも長い時間がかかりました。部品に互換性のある機械は、すべてを一つの工場でつくる必要はなく、使われる場所で組み立てればよいと学ぶのには、さらに長い時間がかかりました。高い賃金を払い、それでいて生産コストの面では安い賃金だとわかるようにできない仕事は、やり方が間違っている。その仕事は、何かほかの、もっと安いやり方でできるはずだ。これは自明の理と考えてかまいません。

私たちは少しずつ、知らず知らずのうちに、この問題についての考えをすべて改めつつあります。たとえば、ごみ収集の作業員が一流の従業員であってはいけない理由はありません。しかし、それはただ賃金を払うだけでは実現できません。ごみを価値ある製品として扱うことによってしか実現できないのです。私たちは今、イギリスの工場でそれを行っています。この工場は、ロンドンのごみを燃やして動力の一部を得ているのです。

法律は経済の進歩を生まない

私たちの理解は深まりつつあります。もちろん、何一つとして、あるべき姿に近いほど正しくなっているわけではありません。今の成果を、まるで進歩の頂点に登りつめたかのようにほめたたえるのは愚かなことです。しかし、間違っていることを正す手立ては、自分こそが社会と経済の医者だと声高に名乗る人たちの手の中にはありません。政治家や理論家や感傷的な改革者は、私たちを助けることはできません。法律で事業を縛っても、私たちみなが望む経済的な自由への解放はもたらされません。経済にかかわる法律のほとんどは有害です。ものごとを今のまま、あるいはかつてのままに保とうとするからです。法律が扱うのは、昨日耐えがたくなり、今日には忘れ去られようとしている状態です。こうして昨日の誤りを正すためにつくられた法律は、明日の進歩の妨げになります。事業は変わり、やり方はよくなり、社会に目を向けるようになっていきますが、古い法律はそのまま残ります。立法が経済の進歩を生み出したことは、これまで一度もありません。

注:フォード社の平均時給(1930年3月20日)

年 工場 平均時給
1910年(7月) ハイランドパークおよびピケット 0.2542ドル
1911年(7月) ハイランドパークのみ 0.2316ドル
1912年(7月) 同上 0.2508ドル
1913年(7月) 同上 0.2660ドル
1914年(7月) 同上 0.5988ドル ※1
1915年(7月) 同上 0.5224ドル
1916年(7月) 同上 0.5364ドル
1917年(7月) 同上 0.6271ドル
1918年(7月) 同上 0.6703ドル
1919年(7月) 同上 0.7742ドル ※2
1920年(7月) 同上 0.8598ドル
1921年(7月) 同上 0.8764ドル ※3
1922年(7月) ルージュおよびハイランドパーク 0.7970ドル
1923年(7月) 同上 0.8266ドル
1924年(7月) 同上 0.8378ドル
1925年(年平均) ルージュおよびハイランドパーク 0.8285ドル
1926年(年平均) 同上 0.8579ドル
1927年(年平均) 同上 0.9524ドル
1928年(年平均) 同上 0.9011ドル
1929年(年平均) 同上 0.9242ドル ※4
1930年1月・2月 ルージュおよびハイランドパーク 1.0017ドル

※1 日給5ドルの最低賃金――1914年1月12日から実施。 ※2 日給6ドルの最低賃金――1919年1月1日から実施。 ※3 1921年1月1日から、時給にボーナスを含む。 ※4 日給7ドルの最低賃金――1929年12月1日から実施。


第3回:労働に奉仕するのか、労働を省くのか

第5回:失業か、余暇か