Zen Habits翻訳:グランドキャニオンの集中――ひとつのタスクに身を捧げる練習

この記事は、ブログ「Zen Habits」の創設者レオ・バボータ(Leo Babauta)による記事「Grand Canyon Focus: The Practice of Full Devotion to a Single Task」を、新規事業ポータルが独自に日本語へ訳したものです。Zen Habitsは著者によってパブリックドメインとして公開されています(著者による宣言)。原文はこちら。訳文では、原文の趣旨を変えないことを優先しました。


ここ東京(今週滞在しています)に、「世界一のコーヒーショップ」と呼ばれたこともあるBear Pond Espressoという店があります。オーナーでありバリスタでもある田中(Katsu Tanaka)さんは、その道の名人です。

田中さんは、世界的に有名なエスプレッソを1日に2時間しか出しません。その理由を尋ねられると、1杯1杯を完璧に、いつも同じ品質で淹れようとしていて、1杯淹れるのにおよそ3分間、ものすごい集中が必要だからだと答えました。

「私のエスプレッソは私自身なんです。崖の縁、グランドキャニオンの縁に立っているところを想像してみてください。縁に立っているんですよ。ひとつでもミスをしたら、底まで落ちてしまう……私が集中できるのは、一度に最大でも20杯なんです」

グランドキャニオンの縁に立っているかのように、何かに完全な集中を注ぐことを想像できますか。それは、私たちのほとんどがめったに自分に許すことのない、深い打ち込み方です。

今回の日本の旅でも、これまでの旅と同じように、自分の技を極めた日本の人々にすっかり感服しています。

寿司を握ること、日本刀をつくること、花を生けること、コーヒーを淹れること、瞑想すること、武道を学ぶこと……どんな技であれ、その道を極めるために人生のすべてを捧げてきた日本人がいます。

こうした名人の一人を見ていると、驚かされます。彼らは同じ作業を何度も何度も繰り返し、毎回完璧にやろうとします。そのひとつの作業に完全に身を捧げ、集中し、できるかぎり最高のものにしようと全力で誇りを持って取り組んでいます。決して完璧には到達しませんが、いつも、毎回、挑み続けるのです。

私たちの誰かが、ひとつのことを極めようとして人生のすべてを捧げることはできるでしょうか。あなたにとって、それは何でしょうか。

私にとって今打ち込んでいるのは、心を鍛える方法を学ぶことです。自分自身と生徒たちを、完全な集中と完全なマインドフルネスへと導き、心のパターンを変えていく訓練を極めることです。

もちろん、毎日やらなければならないほかのこともありますが、この道を極めることに完全に身を捧げる時間を、なんとか見つけるようにしています。

その流れで、少しだけ「グランドキャニオンの集中」についてお話ししましょう。

グランドキャニオンの集中

崖の縁に立っているところを想像してください。深い谷底に落ちないよう、本当に集中しなければならない場所です。その張りつめた感覚、否応なしの集中、今ここにいることへの完全で徹底した打ち込みを想像してください。

では、この記事の残りを読むあいだ、その完全で徹底した集中を試してみてください。気を散らさず、ほかのことに引っ張られず、ただ言葉とともにとどまり、私とこの記事の意味につながり続けてください。必ずここにいてください。さもないと、崖から落ちてしまいます。

これは、皿洗いから段落を書くことまで、どんなタスクでも練習できます。完全に自分を注ぎ込み、そのタスクをすること自体があなた自身になるようにします。その行為が、あなたという人間の完全な表現になるのです。

この種の集中を本当に身につけるには、毎日練習の時間をとりましょう。田中さんでさえ1日に2時間が限界でした。まずは1日10分だけ試し、1週間後に15分、その翌週に20分と、練習時間が簡単すぎると感じるようになってから少しずつ延ばしていきましょう。

これは「一行三昧(いちぎょうざんまい)」の実践です。ひとつの行いに完全に集中するという意味です。禅僧の鈴木俊隆はこう書いています。

「ですから、何か崇拝する対象を持つのではなく、私たちはただ、一瞬一瞬に行っている行為に集中するのです。お辞儀をするときは、ただお辞儀をする。座るときは、ただ座る。食べるときは、ただ食べるのです」

こうした悟りの行いに達するために、一日中それをする必要はありません。一度のお辞儀、一度の食事。ただそれだけで、あなたは完全に実践していることになります。

あなたは何を極めたいですか。そのタスクで、このグランドキャニオンの集中を練習できるでしょうか。

ほかの翻訳記事