Zen Habits翻訳:自分を脇に置いた思いやりを育てる
この記事は、ブログ「Zen Habits」の創設者レオ・バボータ(Leo Babauta)による記事「Developing Selfless Compassion」を、新規事業ポータルが独自に日本語へ訳したものです。Zen Habitsは著者によってパブリックドメインとして公開されています(著者による宣言)。原文はこちら。訳文では、原文の趣旨を変えないことを優先しました。
「だから、誰かを愛しているなら、耳を傾けられるよう訓練すべきです。穏やかに理解をもって聴くことで、相手の苦しみを和らげることができるのです」――ティク・ナット・ハン
もっと思いやりのある人になりたいという考えは多くの人にとって魅力的ですが、その妨げになるのは、私たちが他人にいら立ち、実際にはひどく嫌ってしまうことも多いという点です。
相手が自分をいら立たせ、神経を逆なでし、怒らせるとき、どうすればその人に思いやりを持てるのでしょうか。
これは難しいことです。私もしょっちゅう苦労しているので、自分の内面でこれを観察してきました。本当に驚くのは、私たちがどれほど自分で自分の邪魔をしているかということです。
真の思いやりの妨げになっているのは自分の「自己」なのだと、私は学んできました。
そして私の「自己」は、ほとんどいつも自分を宇宙の中心に置き、あれこれ要求し、当然受け取るべきだと感じているものが得られないと怒るのです。
自分がどれほど自分のことばかり考えているか、そしてどれほど頻繁に(自分でも認めないまま)自分は特定の扱いを受けて当然だ、他人は自分の望むようにふるまうべきだと思い込んでいるかに、私は本当に驚かされています。
自分本位の考えを観察する
自分の頭の中にあるこうした考えを観察してみてください。
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誰かにいら立つとき、あなたの「自己」は、相手が自分の望むようにふるまってくれないことに怒っています。自分には静けさを得る権利がある、公平に、あるいは敬意をもって扱われる権利がある、世界が自分の望むようにふるまう権利がある、と思っているのです。
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誰かが自分の後片づけをしないと、あなたはいら立ちます。誰もが自分の望むようにふるまう(きれいにして、気配りをする)のが当然だと思っているからです。
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誰かに行く手を阻まれたり、車で割り込まれたりすると、あなたはいら立ちます。相手が自分の邪魔をすべきではないと思っているからです。もしかすると、誰もがあなたの行き先に気を配って道を空けるべきだと思っているのでしょうか。
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誰かが助けを必要としているとき、それが相手にどう影響するかよりも先に、自分にどう影響するかを考えます。
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仕事や私生活で予期しないことが起きたとき、まず自分にどう影響するかを考えます。
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人が話しているとき、その人の話が自分とどう関係するか、自分にも似た経験があるか、相手が自分のことをどう思っているかを考えます。
ほかにもさまざまなバリエーションがありますが、おわかりでしょう。これらは自己中心的な考えです。私はこうした考えをしょっちゅう抱いています。観察を始める前なら信じられなかったほど頻繁にです。
私たちがこうした自己中心的な考えを抱くのは自然なことです。子どものころ、私たちは自分が宇宙の中心だと信じています。大人になっても、ほとんどの場合まだそう信じていて、それはおそらく、自分が中心にいて望むものを得る権利がある宇宙をつくり出すための、自己防衛の仕組みなのでしょう。
でもそれは、思いやりの妨げになります。自分を取り除き、脇に退いたら何が起こるか見てみましょう。
自分を脇に置いた思いやり
思いやりは共感から始まります。自分を相手の心の中に置いてみることを想像し、相手が何を経験しているのかを想像するのです。私たちには知りようがないので、相手の経験を想像しても、おそらく間違っているでしょう。でも、この想像のプロセスがなければ、思いやりを持つことはできません。
共感し、相手の苦しみを感じたら、思いやりの後半は、その苦しみを終わらせたいと願い、何らかの形でその苦しみを和らげる行動を起こすことです。
ですから共感は非常に大切なのですが、まず自分のことを、しかも自分のことだけを考えていたら、共感することはできません。
私たちは自分を脇に置き、相手のことを考えなければなりません。自分はどう扱われるべきか、自分は何を望んでいるか、何かが自分にどう影響するかを考えているとき、同時に相手のことや、何かが相手にどう影響するか、相手はどう扱われるべきか、相手が何を望んでいるかを考えることはできないのです。
ですから、共感するためには、自分が脇に退かなければなりません。自分本位ではなく、自分を脇に置くのです。
どうすればそうできるのでしょうか。正直に言うと、私もまだ学んでいる最中です。
私にとっての最初のステップは、自分本位の考えに気づくようになることでした。そして、それはしょっちゅう起きています。
次のステップは、この自分本位の考えに気づいたら、立ち止まり、自分の心を相手の心の中に置いてみること、共感すること、相手が何を経験しているのかを理解しようとすることです。相手の苦しみを感じ、そしてそれを終わらせたいと願うのです。
それから、どうすればその苦しみを終わらせられるかを問いかけます。
自分を脇に置きましょう。そうすれば、思いやりが可能になります。
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