Zen Habits翻訳:人生の変化がもたらす痛みと美しさ
この記事は、ブログ「Zen Habits」の創設者レオ・バボータ(Leo Babauta)による記事「The Pain & Beauty of Life Changes」を、新規事業ポータルが独自に日本語へ訳したものです。Zen Habitsは著者によってパブリックドメインとして公開されています(著者による宣言)。原文はこちら。訳文では、原文の趣旨を変えないことを優先しました。
私たちが苦しむのは、人生の変化に抵抗するからです。
そして、人生とは変化そのものです。
私もほかの人と同じように変化に抵抗しますし(そして苦しみます)、それでも適応することを学んできました。ある程度の柔軟さを身につけました。そして、こう気づいたのです。
すべては変わっていく。そして、それは美しい。
人生の変化がもたらす痛み
私たちの苦しみが人生の変化への抵抗から来る、とはどういう意味でしょうか。
私たちを悩ませることをいくつか見てみましょう。
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職場で誰かに怒鳴られる。 この変化の根っこには、人は自分に親切に、公平に、敬意をもって接してくれるはずだという私たちの期待があります。でも現実には、いつもそうとは限りません。そうでないとき、私たちはこの現実に抵抗し、物事が自分の望むとおりであってほしいと思います。そして腹を立てたり、傷ついたり、気分を害したりするのです。
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3歳の(あるいは13歳の)子どもが言うことを聞かない。 ここでもやはり、子どもはこう振る舞うはずだと期待していますが、もちろん現実は違います。そして現実が期待どおりにならないと、私たちはストレスを感じます。
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仕事を失う。 これは、経済的な安定だけでなく、自分のアイデンティティにも影響する大きな変化です。教師が教職を失えば、自分をどう見るかという変化に向き合わなければなりません。これはとても難しいことです。こうした変化(そして失業にともなう経済的な制約)に抵抗するのは、とてもつらいことです。
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やることが多すぎて圧倒される。 ここでの変化とは何でしょうか。私たちは物事を自分の管理下に置いておきたいのですが、もちろんそうはいきません。新しい作業や情報、新しい依頼、新しい要求が入ってきます。これらは難しい変化です。一日をコントロールできていると思っていたのに、今はそうではないからです。そして私たちは圧倒され、ストレスを感じます。
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大切な人が亡くなる。 究極の変化のひとつはもちろん死ですが、何が変わったのでしょうか。その人がもう自分の人生にいない(少なくとも、同じ形ではいない)のは明らかですが、同じくらいつらいのは、大切な人が亡くなると、自分も同じ人間ではいられなくなるということです。自分が何者であるかを変えなければなりません。たとえば、夫ではなく妻を亡くした男になり、娘のいない父親になり、一人取り残された友人になるのです。人生が元のままであってほしいのに、そうではない。だから私たちは嘆き、激しく憤るのです。
これはほんの始まりにすぎません。物事は絶えず変わり、私たちはそれに抵抗します。一日は変わり、人間関係は変わり、ほかの人はあるべき振る舞いをせず、私たち自身も絶えず変わっていきます。そしてそれに向き合うのは難しいことです。
これが、変化の痛み、コントロールできないことの痛み、物事が期待どおりにならないことの痛みです。
私たちはどう対処すればいいのでしょうか。
人生の変化がもたらす美しさ
痛みへの対処法はたくさんあります。怒って怒鳴る、お酒を飲んだり薬物に頼ったりする、ジャンクフードを食べる、テレビを見たり、ほかの気晴らしを見つけたりする。ストレスや傷つき、怒りに対処する前向きな方法を見つけることもできます。運動する、友人に悩みを話す、何らかの形で状況をコントロールしようとする(計画を立てる、行動を起こす、意見の違いを解決するために難しい話し合いをする、など)。
あるいは、変化を受け入れることもできます。
変化が人生の基本的な事実なら(実際、人生とは変化以外の何ものでもありません)、なぜ抵抗するのでしょう。なぜ受け入れて楽しまないのでしょう。
変化の美しさを見てください。
これは難しいことです。私たちは抵抗することにすっかり慣れているからです。
少しのあいだ、抵抗と判断を脇に置いて、人生の変化の中に美しさを探してみましょう。
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職場で誰かに怒鳴られる。 この人は傷つき、いら立ち、怒っていて、それをあなたにぶつけているのです。手を伸ばし、人生の混沌をコントロールしようとしていますが(もちろん無駄なことです)、うまくいっていません。あなたはこれに共感できるでしょうか。こう感じたことはないでしょうか。私たちの似ているところ、共通の痛み、人間としてのつながりの中に美しさがあります。この美しく、傷ついている人を心の中で抱きしめ、その痛みを感じ、思いやりを向けてください。
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3歳の(あるいは13歳の)子どもが言うことを聞かない。 驚いたことに、あなたの子どもは自立を主張しているのです。命令に従うだけのロボットではなく、一人の完全な人間であることを示しているのです。あなたもそういう立場になったことはありませんか。誰かにコントロールされようとしていら立ったことはありませんか。この自立、この闘志、この反抗の中に美しさがあります。それこそが生きるということです(まあ、生きるとは変化することですが、コントロールへの反抗でもあります)。この美しさに微笑み、それを愛し、子どもが育つための余白を与えてあげてください。
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仕事を失う。 つらいことではありますが、それは終わりであると同時に始まりでもあります。新しい旅の始まりであり、人生を一新し、自分を生まれ変わらせる機会です。この機会の中にある美しさ、「いつものやり方」からの解放を見てください。
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やることが多すぎて圧倒される。 これは間違いなく大変なことですが、作業や情報や要求の混沌に身をゆだねることはできます。全部を一度にやることはできませんが、物事を完全に自分の管理下に置きたいという気持ちを手放すことはできます。この混沌の中にも美しさがあります。それはでたらめで、めちゃくちゃで、それが人生なのです。自分の抵抗がもたらす痛みと、このもがきの中にある美しさも見てください。そして、一度にひとつのことしかできないと気づき、それをやりましょう。それから、それを手放し、次のことをやります。混沌を受け入れ、その中に美しさを見ることで、圧倒されたりストレスを感じたりすることが少なくなります。
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大切な人が亡くなる。 おそらくいちばん難しいものでしょう。疑いようもなく悲しいことです。でも、死は終わりであり、終わりは必要なものです。美しさには終わりが必要です。そうでなければ、限りがないために、私たちはそのものをありがたく思えません。限りこそが美しさなのです。そして死は究極の限りであり、生きているあいだに、生命というこの美しいものを大切にしなければならないと思い出させてくれます。死は始まりでもあります。死後の世界という意味ではなく、残された人にとっての始まりです。大切な人を失ったとはいえ、この終わりは、失業と同じように、生まれ変わりの瞬間です。悲しく思えるかもしれませんが、大切な人が亡くなると、私たちは人生を作り直さざるを得ません。そしてこの作り直しの中に、機会があるのです。私はそれを美しいと思います。そして最後に、もちろん、死はその人の人生を思い出し、その人が与えてくれたものに感謝する機会でもあります。
変化とのもがきの中に美しさを見つける可能性は、限りなくあります。そして私は、それ自体がそれなりに美しいことだと信じています。
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